地獄へ落ちると長生きできる?~死ねないことは生き地獄

人の寿命。
半導体や機械ではない生の肉体が機能を止めたとき「死」とするなら、たいていは「ジワー」とその時を迎えます。
それが急激に起こるなら、医療の出番ですが、母さんから生まれ出たその瞬間から、例外なく「死」へ「ジワー」と向かっています。

新生児

「老化」です。

アメリカ映画でヒットした「ターミネーター」で、これが機能を停止するとき、ディスプレーのアップのシーンがあって、パソコンのスイッチOFFみたいに止まってしまいました。
印象に残ったシーンです。

医師が大きなアクションで腕時計を確認し「ご臨終です。」と死亡を宣言しますが、太っていても、痩せていても60兆個(37兆と言う人もいます。)全細胞がその時刻に止まったわけではありません。
瀕死状態から死の宣告を受けても、「ジワー」としているのです。

「老化」や人の寿命を語るとき、「生死」、「生きる理由」、「不老不死」をテーマにすると哲学カテとなりがちなので、酷く読みにくい文章を書く結果を招いてしまいそうです。
ですから、その切り口で「老化」を語らないよう心がけて進めていこうと思っています。

またアメリカ映画ですが、「永久に美しく・・・」と言うのがありました。
内容は伏せますが、美しい(美しかった。)女性2人が、ある医学的処置をしたことにより、不死身になってしまったお話です。
グロテスク、かつ、ユーモラスな内容でした。
ジャンルとしては悲劇でしょうか。
その悲劇たる理由は、「死ねない」のです。
どんなに怪我をしても死なない。
もはや怪我とは言えず、壊れてしまっても生きているのです。

悲惨の極みですね。

「死ねない」と「生きている」はまるで違うようです。
本当の悲惨は「死ねない」かもしれません。
人の寿命とは幸せなものなのかもしれません。

もし、あなたが、何某かの罪を犯して老化を経て「ジワー」と死亡したら、幸か不幸かは別にして、ほとんど不死と言えるほどの寿命を得ることできます。
多分、私もです。

それはどういうことかというと、仏教では、生前の罪名(法律上の犯罪を意味していません。あらゆる悪い行いのことです。)により、
大規模地獄へ落ちる前に小規模地獄へ落ちるとに決められています。

それぞれ、そこで滞在する時間が決められていて、これが凄い時間なのです。

長崎・雲仙地獄

地獄の1年は地上の33億3千62万5千年です。
地獄では各地獄の最短滞在時間は500年ですから1兆6653億1250万年ご滞在できます。
その後本地獄でまた最短500年は約束されます。

ただし、小規模地獄は16種類しかなく、この緩衝地獄のことを「無間地獄」と言い、それぞれの地獄へ落ちる罪名が決まっています。
非該当罪人は直接本地獄へ行けます。
本地獄は8種類あって、たとえば万引きでは、「衆合地獄」に落ちます。
ここの平均寿命は2000歳ですから、地上の106兆5800億歳に相当します。

つまり、地獄へ落ちると長生きできるというわけです。
死ねないことは生き地獄なのです。